【中央アジア】No.2 ウズベキスタン(アンディジャン)からキルギス(オシュ)へ陸路国境越え

サマルカンドからオシュへ、安くスピーディーに移動する必要があった。飛行機は高いので陸路国境を通過することにした(2025年7月)。その様子をまとめる。タシケントからオシュへ抜けるのにも参考になると思う。

経路は以下である。

  • サマルカンド→アンディジャン 夜行列車
  • アンディジャン→国境 バス
  • 国境→オシュ タクシー

アンディジャン⇔オシュの区間は、直通のマルシュ、直通のタクシーもあるが、マルシュは不定期で無い日もあり、タクシーは高い。

ウズベキスタンとキルギスは過去に国境紛争があり、国境付近は外務省の渡航レベルも高い。治安が悪いかと思っていたが昼間に旅行者として過ごす分には治安の悪さは感じなかった。


夜行列車

ウズベキスタン国有鉄道の夜行列車にてサマルカンドから国境の町であるアンディジャンまで移動した。列車は公式HPで3週間前に予約した。予約できるとメールでチケットが送られてくる。

サマルカンドを00:59に出て11時間乗車、12時にアンディジャンに到着する列車である。

サマルカンドでは駅に改札は無く、乗車するときにチケットを見せた。

各地に向かう列車が電光掲示板に表示されていた。列車番号の順に表示されていて、自分の列車を見つけるのに苦労した。この写真では、No.125、Xiva発、Andhijon行き、入線00:44、出発00:59、プラットフォーム未定とある。

列車は20分くらい遅れて到着した。列車は旧ソ連圏内の他の国でみるのと同じデザイン。無機質で暗くシートの固い列車。旧ソ連の夜行列車って感じ。駅には各地に向かう列車を待つ人が結構いて、外国人も現地人も両方いた印象。

チケットで指定された4号車、35番目の部屋のHシートに乗り込む。

2段ベット2台の4人部屋が満席で、自分と同行者は下のベット。日本からノンストップで移動してきた疲れからか爆睡。

問題は列車のエアコンで、走行中はガンガンに冷えていて、停車中は切れて暑かった。備え付けの毛布使っても寒かった。この為かアンディジャンで列車を降りた瞬間、気持ち悪い、熱っぽい、体重すぎる、完全に体調不良者になってしまった。

アンディジャンは終点、サマルカンドやタシケントと同じデザインの駅だった。上の二人は途中で降りたようだった。

アンディジャンから陸路国境越え

ふらふらしながら駅を出るとタクシー運転手に囲まれた。聞くと、タクシーで国境まで行くこともできるようだった。が、国境までのバスがあることを知っていたのでバスターミナルまで歩いた。歩いて10分ほど。

アンディジャンでの鉄道駅はここで、

バスターミナルはここである。

バスターミナルは大きく、各方面へのバスがあった。見た感じ外国人より現地人が多い。普通のバスはもちろん、5人乗りの普通車やマルシュが客を待っていた。

Google翻訳を駆使し、又はBorderを連呼して国境へのバスを確保、体調不良に鞭打って頭抱えながらバスに乗ることができた。国境の町の名前のウズベク語表記は”Dostlik”、英語表記は”Dustlik”、発音は”ドストリク”なので覚えておくとよい。

国境まではバスで1時間半ほどかかる。

車窓からウズベキスタンの車たち。古い車、ソ連の車に詳しかったら面白いんだろうなぁ。

国境では全員降ろされた、バスはここまでだと。リュックをバスの胴から出すときしんどすぎて、かけていたサングラスのレンズを片方無くしたことにも気づかなかった。

トラックと車が長蛇の列を作っている。道路わきは日本でいうロードサイドの雰囲気で茶店や八百屋がある。

体調悪く、ふらふらして歩けないので休憩。茶店に入ったが食事なんか無理だから飲み物だけ買って、持っていたフルーツを食べた。いやな顔せずナイフと皿を貸してくれた優しい婦人に感謝。

長いこと座り込んでいたが、明るいうちに宿に着きたい一心で動き出す。行ってみると車両は長蛇の列で待ち時間が長そうだったが、徒歩では拍子抜けするほどあっけなく国境を超えることができた。質問も簡単なことしか聞かれなかった。陸路国境が初めてだったので出国から入国までの間の区間で少し歩くことに驚いた。

ウズベキスタン側

キルギス入国

キルギス側も道路両側がロードサイド、飲食店やSim販売、両替屋がある。そのうちの一つで余ったお金の両替(UZS→KGS)、米ドルからの両替、Simの購入をした。

キルギス側

両替レートは1UZS=0.067KGSと、1USD = 87.2KGSだった。レートは当たり前だが米ドルからの両替のほうが良い。国境付近ではUZS⇔KGSの両替を見かけたが、他の場所では見かけなかった。

国境からオシュは近く、20分ほど。Yandexでタクシーを呼び、オシュの中心地の宿まで移動した。

このときのタクシーはホンダのFitだった。ウズベキスタンでは日本車はほぼ見かけなかったが、キルギス側では日本車を多く見かけた。ウズベキスタンにはシボレーの工場があり、輸入車の関税が高いらしく、車はほぼシボレーだった。キルギスでは日本車4割、韓国車3割、そのほか中国車、といった割合だった。

無事国境を越えられて安心した。体調はほんとうに悪かったので食事に出ることすら出来ずに爆睡した。

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