【中央アジア】No.1 ウズベキスタン(サマルカンド)観光記

キルギスでのトレッキングを最大の目的地として中央アジアを訪問しました。中央アジアで最大の観光地であるサマルカンドにも行ってきました。

旅程

2025年7月11日出国、2025年7月29日帰国。カザフ→ウズ→キルギス→カザフの順に移動。

中央アジアへの航空券はアルマトイ発着が一番安く、関空からの往復53,460円(1人当たり)だった。アルマトイからタシケントまでは鉄道も使えるが、今回は時短のため飛行機。以下日程です。

7/11関空10:55発→上海→アルマトイ19:35着(中国東方航空)
アルマトイ23:10発→タシケント00:50着(ウズベキスタン航空)
7/12早朝、新幹線でタシケントからサマルカンドへ
サマルカンド観光
7/13サマルカンド観光
夜行列車でサマルカンドからアンディジャンへ
7/14アンディジャンに昼過ぎ到着、キルギス(オシュ)へ国境越え
7/15レンタルバイクで、オシュからサリーモゴルへ
7/16サリーモゴルにて天候待機
7/17,18,19トレッキング
(Sarry Mogol Pass、レーニンベースキャンプ)
7/20バイクで、サリーモゴルからオシュへ
7/21オシュ→ビシュケク(キルギス国内線フライト)
ビシュケク→カラコル(バス)
7/22,23,24Ala kol Lakeトレッキング
7/25イシククル湖周囲で観光(湖、乗馬、伝統的ユルト)
7/26ビシュケクへ車移動
7/27ビシュケク観光(市場、博物館、土産物屋)
7/28ビシュケクからアルマトイへ陸路移動
アルマトイ20:50発(中国東方航空)
7/29関空着12:10


なぜサマルカンドへ?

「天と地が、青の青さを競い合う」これはかつて地球の歩き方に掲載されていた、サマルカンドを紹介するフレーズの一部だ。界隈で有名なフレーズで、これだけでサマルカンドに行きたくなった。旅から時間が経った今でもこのフレーズだけで、暑くて乾いて果物がみずみずしい、あの国の風に吹かれたような気分になる。

青の青さ、今日は地の勝ち

サマルカンドと日本はシルクロードで繋がっている。サマルカンドは途中のオアシス都市で、日本は終着点。私はこの年の春に西安を訪れて、空海はここを往復したのか…、「天の原 ふりさけみれば~」はここで詠まれたのか…と感慨にふけった。その西安で見たのと似た料理や建築をサマルカンドで見つけて、とんでもなく長い交易路が繋がっている事を改めて発見して嬉しくなってしまいました。

サマルカンド観光記:1日目

アルマトイ深夜発、タシケント空港に深夜着。途中でイシククル湖上空を飛んだ。とんでもなくデカくて周りが荒野。

空港着はド深夜。

到着ロビーで朝を待った。建物内どこも人通りが多く、長椅子も無く、空港泊には不向きだった。

翌朝タクシー(Yandexで配車)で駅に移動してAM6:00発の始発の新幹線「アフラシヤブ号」に乗車。タシケント⇔サマルカンドは人気路線なので事前予約は必要。予約はウズベキスタン国有鉄道公式HPから。今回は1ケ月前に予約した。予約メール内のQRコードを見せて乗車。車内はほぼ満席だった。

9:00AMサマルカンドに到着。

暑すぎて荷物持って歩くのは無理でYandexで移動して宿にチェックイン。宿は「Hanifa Boutique Hostel」。レジスタン広場に近く、食事が美味しく、清潔でウズベク風の木製の装飾が美しい宿で、ご主人が優しい。おすすめです。


荷物預けて観光1日目。まず特大観光地であるレジスタン広場へ。周囲には花が植えられ、芝生にスプリンクラーで放水している。乾燥しているこの大地で水は貴重ではないのか??地下から水が取れるオアシス都市っぷりを見せつけられた。

レジスタン広場は、13世紀のサマルカンド再建時からの街の中心地だそう。広場を囲むように3つの神学校があり、広場には交易のために市が立っていたそう。

建物がとにかくデカい。そして青い。すげえ。3つの神学校の建物はそれぞれ内部に入って見学できる。青のモザイクの氾濫。

特に有名なのは「青の天井」だと思います。外側は工事中だったが、

中は完全体で、ガチで本当に美しかった。外は日差しが暑かったのに石造りの建物内は涼しく、いつまでも眺めた。

神学校の建物内に土産物屋やカフェがある。怪しげな暗い階段を上がってみた。

コーヒーを出してくれる店があったので頂いた。ここのコーヒー美味しかった。二階から広場を眺める。

日陰でチルする人。

暑い(40度ある)けれどカラッとしていて木陰を通る風は涼しく、スプリンクラーが芝生に水を供給する、それを眺める。こんなにも贅沢な時間。

レジスタン広場の後にグーリ・アミール廟も訪れた。こちらでは煌びやかな空間に石の棺が安置されており、より歴史に思いを馳せることができそうだった。残念ながら、自分は彼ら一人一人を知っているわけではないから棺だ~で終わってしまう。


Sharof Bobo Oshxonasi」で昼食にウズベキスタン料理、プロフを。

プロフは油とスパイスで炊いた米で、パプリカがくたくたで甘く、肉もくたくたで旨いがオイリー。ウズベキスタンではサラダが出てきがちで、この暑い中でみずみずしいトマトを目の前に並べられたら食べないのは難しかった。生野菜を警戒する気持ちはどこかに消えさり普通に食べてた。体調は崩さなかった。

こういう皿は典型的なソビエト食器。青と金の力強い模様が綺麗で、ウズベキスタンの飲食店はみんなこういうのを使っていた。骨董市に行くと買えるそう。日本での価格は高騰している。

ウズベキスタンの手工芸品はスザニが有名。スザニはかぎ針で刺しゅうして模様を作っていく布製品。そのへんの土産物屋でも買えるのだけど、レジスタン広場近くの「Happy Bird」のスザニは本物だと思う。

素人目に見てもその辺の物とはかけられた手間が全く違う。刺繍の面積の割合が大きく、模様の中の糸の密度も高いから迫力がある。店内の空間が迫力のスザニで埋め尽くされている。作るところを見せてもらえた。

気に入った柄のスザニを購入した。同行者と二人で、下の写真の最下段のサイズ(日本の手ぬぐい程度の大きさ)のを二枚購入。150USD、気合の現金購入。

最後にビビハニムモスクを見て帰宅。こちらはひたすらにデカい。内部に崩落している個所もあり、諸行無常を感じた。

帰り路で、サマルカンドの路地で遊ぶキッズたち。

サマルカンド観光記:2日目

サマルカンド二日目は青の廟街(シャーヒズィンダ廟群)へ。

途中で市場を通過した。果物と野菜がカラフルでオアシスの恵みを感じる。果物が安いのが羨ましい。日本で果物が高いのは、ここと比べると日照時間が短く湿度が高いので、果物が実る前に悪くなってしまう?からか

果物以外にも野菜やスパイスや総菜、

服や靴、調理道具、箒などの日用品も。


シャーヒズィンダ廟群へ。小道の両サイドが青い廟に囲われている。偉人たちの墓の集まりで、内部に棺が置いてあったりする。昨日よりも天気が良かったからか、青の青さが濃く感じた。廟は9世紀から14世紀までの間に作られており、時期が異なるからか意匠の雰囲気が違う。

モザイクが剥離してしまった箇所の修復中でもあり、色がきれいに塗られていない箇所も多かった。建物一つ一つは入ることができる。青の濃さと模様に個性がある、青って200色ある?

この柄は赤が使われているのが珍しいと思った。赤が入ると一気に中国風に見える。蓮の意匠でよりそれっぽく見える。


途中でローカルな感じのスーパーへ。

果物と肉が豊富なのに対して、日本人から見ると魚は本当に美味しくなさそうだった。

桃っぽいのも数種類、葡萄をマスカットぽいのと紫色の二種類購入。まじで安くて美味しかった。桃5~6個と葡萄を2房で確か500~600円程度だった気がする。


ウルグ・ベク天文台へ。15世紀当時、一年の長さを世界で最も正確に計測した天文台で、要するに巨大な六分儀である。

この六分儀で一年の長さを計測する方法を調べたことから考えてみる。

  • 天文台の六分儀部分は真南を向いて設置されている
  • 六分儀にまっすぐ光が差し込む時、太陽は南中している。
  • 南中時に差し込む一筋の光が、六分儀に当たる箇所を毎日記録し続ける。
  • 光があたる箇所は、太陽の高度に応じて変化する(例:夏は高い位置に太陽があるので、六分儀の下方に光が差す)から、前回と同じ箇所に光が差すまでの時間が一年である。

ということだと思う。

化学技術を磨けるというのは都市が豊かだった証拠だと思うから、当時のサマルカンドは世界の中心だったに違いない。アニメ「チ。」を見てたのもあって、ウルグ・ベクが宗教との確執から暗殺されてしまったことまでアニメと同じような話だから興味深い。


再びチルするためにレジスタン広場に行ったものの、この日はプロジェクションマッピングが開催されており、それを眺めた。

実はシボレーの組み立て工場がある国でもある。そんへんの車8割シボレーだった。それ以外の輸入車は関税が高いらしい。

それから宿で荷物を受け取り、サマルカンド駅から夜行列車に乗車。キルギスとの国境、アンディジャンまでの12時間の夜行列車に乗車した。

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